久々の連休。
ゆっくりと自宅でくつろいでいたら、サイレンがけたたましく鳴り出した。
主人があわてて、3階まで駆け上がる。
「ばんちゃんの家のほうかもしれない。出動台数からいうと、大きな火事だ。何か手伝えることがあるかもしれないから行ってくる。」と、着の身着のままで駆け出した。
火の手があがっているほうに向かっていくと、ばんちゃんの家の方角とは離れていった。
現場近くに着くと、恐ろしい火の手が迫ってきていた。
この大きな火事に、私たちは無力だった。
もちろん、何かできると思っただけでも、おこがましいのかもしれない。
一晩空けて、私が兄貴と慕っている人から電話があった。
「人生で二度も火事におうてしもたわ。」
あの火の手の中に、兄貴の倉庫があった。
「もしかしたら、荷物出せたのかも知れへんけど、人だかりの中、荷物出すのいやでな。」
今回の火事でいろんなことを調べた。
火事になってしまったら、解体は持ち主でしないといけないこと。
火事の解体は、再利用できないので、非常にお金がかかること。
火事のための解体は、危険で、そう簡単ではないこと。
現場検証が終わるまで、自分の荷物ですら取り出せないこと。
賃貸の火災保険は物品だけだということ。
などなど。
他に被災した方ともお話をしたけれど、その方は
「火事になってしまった俺たちも大変だけど、
延焼を防ぐために水浸しになってしまった家がある。そこの荷物くくらいは出してあげたい」と、この後に及んで、周りの人を
心配していた。
こういうときに、人となりが出る。
被災した人のためにできる限りの事をしたい人たちがいると共に、
それを利用して、自分がいい人だと知らしめようとする人もいる。
拙速な判断が大きな誤解を呼び、トラブルを招く。
誰のために、何をするのか。
それが本当にその人たちのためになるのか。
どんな時でも、きちんと判断できる自分でありたい。
今後、もし、手伝えることが出てきたら、喜んでお手伝いしよう。
その時は、できる限りがんばろう。
身の丈、身の丈。
最後に、被害にあわれた方、心からお見舞い申し上げます。